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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)12584号 判決

原告 又重部落民

右代表者組長頭 山田武雄

右訴訟代理人弁護士 森吉義旭

右同 浅石大和

被告 国

右代表者法務大臣 小林武治

右指定代理人 伊藤幸吉

〈ほか一名〉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

一、原告「被告は原告に対し金一五〇万円およびこれに対する昭和四三年一一月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

一、被告

1、本案前の申立「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

2、本案に対する申立「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

第二、主張

一、原告の請求の原因

1、青森県三戸郡倉石村大字又重部落民(世帯主)=原告は、明治八、九年頃別紙目録記載の山林(以下「本件山林」という)の払下げを受け、爾来構成員各自において本件山林に立入って伐採、下草刈取植林、放牧等をして来たものであって、本件山林につきいわゆる共有の性質を有する入会権を有する。

2、原告における右入会権に関する規約、慣例および管理方法は左のとおりである。

(一) 入会権の得喪

構成員各自の入会権は、又重部落に所属する部落民(世帯主)の世襲で、新たな世帯主が生じた場合部落民として入会権を取得し、他より部落に移住して来た者は、管理人の承認を得て入会権を取得する。

部落民が他に移住し、あるいは入会権を放棄したとき等の場合、及び犯罪人並びに部落民に対して著るしき不利益を与えたときは管理人の認定によって入会権を喪失する。

(二) 入会権の管理

原告の有する入会権の管理は、組長および組長頭が行う。又重部落は、一一の小部落に区分され、各小部落がその所属部落民の多数決によって各組長を選任し、一一名の組長の互選により組長頭を選任する。そして組長頭は、外部に対し原告を代表する。

現在の組長頭は、山田武雄である。

3、本件山林の入会権について管理および原告の各構成員の資格の得喪等が前述のとおりであるから、原告が社団的性格を有しているというべきである。従って、民訴法四六条の準用により原告には本訴につき当事者適格がある。

4、ところで、、原告の構成員である山田武雄外一〇名の者が本件山林に立入り立木を伐採していたところ、倉石村は、昭和四二年二月一六日青森地方裁判所十和田支部に対し本件山林を倉石村が所有するとして右の者一〇名を相手どり本件山林への立入禁止、伐木の搬出禁止等の仮処分を申請し、その旨の仮処分決定を得た(同庁昭四二年(ヨ)四号)。

5、右仮処分決定は左の理由により違法なものであり、ために原告は本件山林の入会権を侵害され、後記の損害を蒙った。

(一) それより先倉石村は、本件山林が自己の所有であるとして青森地方法務局五戸出張所昭和三〇年一月四日受付第九号をもって三戸郡倉石村大字又重所有名義に保存登記をした後、同日受付第一一号をもって倉石村に所有権移転登記を経由した。

そこで、倉石村と又重部落民との間に紛争が生じ、又重部落民が倉石村を相手どり、第一次として又重部落民に対し本件土地(注・本件山林と同一)につきそれぞれ三三〇分の一の移転登記手続を、第二、第三次の請求として前記所有権移転登記の抹消登記手続を各求める訴を提起したが敗訴した(昭和三〇年(ワ)第四二号青森地方裁判所八戸支部)ので更に控訴し、控訴審において右訴を拡張し、「控訴人らは本件土地(注・本件山林と同一)につき共有の性質を有する入会権を有することを確認する」(第四次請求)、もし右請求が理由ないときは「共有の性質を有しない入会権を有することを確認する」(第五次請求)と請求を追加して申立てたが、控訴裁判所は、右拡張請求部分を理由なし(入会権を認めるに足る証拠がない)として、結局控訴を棄却した(仙台高裁昭和三二年(ネ)第三九五号)。しかして、右の者らは上告したところ、最高裁判所は、昭和四一年一一月二五日右拡張請求部分の原判決を破棄し、入会権の確認を求める訴は、固有必要的共同訴訟であるから、権利者全員が共同で訴を提起しなければならないとの理由で訴を却下した。

(二) 最高裁判所は、民訴法四〇八条一項一号により「確定した事実」に基づいて破棄自判したことは明らかである。そして右事件における「確定した事実」とは、原告の旧慣による入会の事実、すなわち、又重部落民の本件山林に対する入会権を認めたことであり、従って倉石村の所有権を否認したことを前提に訴を却下したといえる。この判決は確定し、又重部落民が本件山林につき入会権を有すること、従って倉石村は本件山林を所有しないことにつき既判力がある。故に後日倉石村はこれに反する主張はもはや許されない。

(三) 右最高裁の判決がいうとおり、入会権確認の訴は、固有必要的共同訴訟である。これによれば、右仮処分申請も入会権者と主張する又重部落民全員を債務者として申請しなければならないと解すべきである。従って、一部の入会権者である前記山田らに対する仮処分申請は、申請の債務者適格を欠くものとして却下すべきであったというべきである。

(四) 前述のとおり、倉石村は既判力によって又重部落民に対し自己が本件山林につき所有権を有することを主張できない。従って、右仮処分申請における被保全権利はない。故に裁判所はこれを却下しなければならなかった。

(五) 以上のことは、右仮処分申請に添付された疎明資料によって十分判明したことがら、もしくは法的解釈である。にもかかわらず、裁判官は故意もしくは重大なる過失によって倉石村の仮処分申請を違法にも許容したものである。

6、そこで前記一一名の者が右仮処分決定によって妨げられずに本件山林の立木を伐採しこれを売却していたならば、原告は少くとも金六二三万九、一六〇円を取得し、更にはこれに対する昭和四二年二月一七日からの年五分の割合による利息金を取得しえたものであった。しかるに右仮処分決定によって立木の売却が不可能となり、原告は同額の損害を蒙った。

7、よって原告は国家賠償法第一条に基づき被告国に対し右の損害金(利息を除く)のうち金一五〇万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日たる昭和四三年一一月一一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求の原因に対する被告の答弁ならびに本案前の主張

1、原告の請求原因1、2の事実は知らない。

2、同3の主張は争う。

3、同4の事実は認める。

4、同5の事実のうち(一)は認めるが、その余は争う。前記最高裁判決は、入会権確認の訴は固有必要的共同訴訟であるから、権利者全員が提起しなければ適法でないとしたにとどまり、本案につき判断していない。従って原告の見解は全く独自なもので正しいとはいいがたい。

また、倉石村の仮処分申請は、その所有土地に立入って立木を伐採し搬出することを禁じ、これらを執行官の保管に委託する旨の申請であるから、現実の行為者を相手方とすれば足るのであって、入会権の有無とか、必要的共同訴訟とは全く関係がない。

5、同6の事実は否認する。

6、本件訴訟で又重部落民が訴を提起しているが、これが法人格を有するとは認めがたい。また、法人に非ざる社団又は財団で代表者又は管財人の定めあるものでもないから、民訴法四六条による当事者能力あるものとはいえない。従って、本訴は不適法な訴である。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、まず原告が当事者能力を有しないとの被告の主張につき判断する。

≪証拠省略≫を総合すれば、原告は、青森県三戸郡倉石村大字又重に在住し、おそくとも明治四三年ころから本件山林を利用してきた各世帯の世帯主によって構成された本件山林の利用管理を目的とする団体であり、大字又重にある一〇余の小部落ごとに構成員が各一ないし二名の組長(合計一四名)を定め、組長の互選によって組長頭を一人選出して事務を総括させ、原告の意思は右組長の会議の決議にもとづき決定され、組長頭が対外的に原告を代表することが慣例となっていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右認定によれば原告は権利能力なき社団として民事訴訟法第四六条にもとづき当事者能力を具備しているというべきである。

二、倉石村が昭和四二年二月一六日青森地方裁判所十和田支部に、本件山林が倉石村の所有であるとして、本件山林に立ち入り立木を伐採していた山田武雄ほか一〇名を相手どって本件山林への立ち入り禁止、伐木の搬出禁止等の仮処分命令の申請をなし、同支部がその旨仮処分決定をなしたことは当事者間に争いがない。

原告は、右仮処分において、本件山林に入会権を主張してきた原告の構成員全員を債務者としていないから右仮処分決定は違法であると主張するが、前記のとおり右仮処分の申請の趣旨は本件山林の所有権に対する妨害排除のための立入禁止、伐採禁止であるから、裁判所は債権者たる倉石村の申立ての限度において現に右所有権を妨害すると認められる債務者に対し本件山林の所有権保全に必要かつ相当な仮処分決定をすれば足り、債務者以外に入会権を主張する者がある場合でも入会権者全員を債務者としなければ仮処分決定をしえないものではなく、現に所有権の妨害がなく、又債権者の申請がない以上その必要はないというべきである。したがって前記仮処分決定が原告の構成員全員を債務者としていないことをもって到底違法であるということはできない。

三、原告はまた、原告の構成員と倉石村との間の訴訟につき昭和四一年一一月二五日言渡された最高裁判所の判決は本件山林につき原告が入会権を有することおよび倉石村が所有権を有しないことにつき既判力を有しそれが前記仮処分決定手続における疎明資料により判明したはずであるから前記仮処分決定は違法であり、右決定に関与した当該裁判官に重大な過失があると主張する。

しかし、≪証拠省略≫によれば、原告主張の最高裁判所判決(昭和三四年(オ)第六五〇号)は高宮福松ほか一二七名の上告人らの倉石村に対する本件山林の共有権の時効取得にもとづく各持分権の移転登記手続を求める請求を棄却した原判決を維持して上告を棄却し、右上告人らの倉石村に対する本件山林についての入会権確認請求および本件山林の総有にもとづく所有権取得登記の抹消登記手続請求を入会権者全員による訴の提起がないという理由で、又本件山林が又重財産区の所有であることにもとづく所有権取得登記抹消登記手続請求の当事者適格は又重財産区にのみ属するという理由で、いずれも当事者適格を欠くとして実体上の権利関係の存否について何ら判断しないで却下したものであることが認められる。したがって右判決は、倉石村と原告との間の訴訟についてなされたのでないばかりか、原告主張の入会権の点につきその当事者間に既判力を有しないことは明らかであるから、この点に既判力のあることを前提として前記仮処分決定が違法であるとする原告の主張は理由がない。

四、他に前記仮処分決定が違法であることについての主張立証もないから、原告のその余の主張について判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がなく棄却すべきである。よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田辰雄 裁判官 渡辺卓哉 広田富男)

〈以下省略〉

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